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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2943号 判決 1971年10月28日

原告

松木忠一

ほか一名

被告

藤田伝一郎

ほか一名

主文

被告らは連帯して原告松木忠一に対し金四五九万六、〇二九円、原告松本ゑきに対し金四三六万三、五二八円、およびこれらに対する各昭和四五年四月四日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らの被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは連帯して原告松木忠一に対し金八五三万四、四四〇円、原告松木ゑきに対し金七九三万四、四四〇円およびこれらに対する各昭和四五年四月四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

松木忠良(以下亡忠良という)は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四四年四月七日午後九時五分頃

(二)  発生地 東京都世田谷区野毛町二丁目四番六号

(三)  加害車 自家用普通乗用自動車(品五は六五三六号)

運転者 被告 藤田建次(以下被告建次という)

(四)  被害者 訴外亡忠良(道路上佇立中)

(五)  態様 被告建次は加害車を運転し、事故地点を進行中、同地点で手を挙げて路上佇立中の亡忠良に自車前部を衝突させた。

(六)  被害者である訴外亡忠良は即死した。

二  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らおよび訴外亡忠良が蒙り原告らにおいて、承継し、賠償請求しうることになつたところの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告藤田伝一郎(以下被告伝一郎という)は、加害車を所有して、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告建次は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

自動車運転手としては、前方を注視し、自車進路上の障害物の迅速な発見につとめ、衝突等の危険を避けるため適切な処置をとり、法定の速度をもつて進行すべき義務を負うところ、被告建次はこれを怠り、前方注視を怠り、漫然と、しかも、法定の速度を二〇ないし三〇粁こえる速度で進行し続ける過失を犯したものである。

三  (損害)

(一)  葬儀費等

原告松木忠一(以下原告忠一という)は、訴外亡忠良の事故死に伴い、喪主として、その葬儀を行なうにつき、そのための費用として、金六〇万円の出捐を余儀なくされた。

(二)  被害者に生じた損害

(1) 訴外亡忠良が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり金一〇五六万八、八八〇円と算定される。

(死亡時) 満二三歳

(稼働可能年数) 満二五才より三八年間

(収益) 月当り金七万円

(控除すべき生活費) 収益の四〇%

(毎月の純利益) 金四万二、〇〇〇円

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。

(2) 原告らは右訴外人の相続人の全部である。よつて、原告らは、いずれも親として、それぞれ相続分に応じ右訴外人の賠償請求権を相続した。その額は、原告らにおいて各金五二八万四、四四〇円ずつである。

(三)  原告らの慰藉料

亡忠良は、昭和四〇年四月東京工業大学理工学部に入学し、理学部化学科を昭和四四年三月卒業したが、引続き理学部化学科の研究生として研究を続けていた者であり、在学中から貴重な研究成果を外国の学会誌に発表するなどして将来を有望視されていたのである。そのような優秀な子息を失つた原告らの精神的損害は甚大であつて、その精神的損害を慰藉するためには、原告らに対し各金二〇〇万円ずつ、をもつてするのが相当である。

(四)  弁護士費用

以上により、原告忠一は金七八八万四、四四〇円、原告ゑきは金七二八万四、四四〇円、およびこれらに対する民事遅延損害金の連帯しての支払を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲内で、原告らは各金一五万円ずつを手数料として支払つたほか、成功報酬として原告らは各金五〇万円ずつを支払うことを約した。

四  (結論)

よつて、被告らに対し、原告忠一は金八五三万四、四四〇円、原告ゑきは金七九三万四、四四〇円、およびこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年四月四日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯しての支払いを求める。

第四被告らの事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項は認める。

第二項中、(一)は認めるが(二)は否認する。

第三項中、原告らが亡忠良の親であること、亡忠良が事故時満二三才であることは認めるが、その余の事実は不知。

第四項争う。

二  (過失相殺の抗弁)

本件事故現場は、多摩川の土手を利用して造成された歩車道の区分がない道路上にあり、その片側は多摩川河原に接し、もう一方側も低地となつて人家もまばらであり、自動車の往来のみはげしい場所であつて、いわば自動車道の如き態を呈しているのである。右道路を通行する歩行者は殆んどなく、夜間は殆んど照明もない関係上、右道路を通行する歩行者は、その歩行等について特段の注意が求められる。

ところが、被害者である亡忠良は、事故時飲酒酩酊したうえ、黒つぽい服装で、照明のないくらやみの本件道路の中央線近くに漫然と佇立していたのである。被害者のかゝる異常な行動が本件事故発生に寄与していることは明らかであるから、賠償額算定について、右過失は、斟酌されるべきである。

第五抗弁事実に対する原告らの認否

本件事故時亡忠良が路上に佇立していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  (事故の態様と責任の帰属)

原告主張請求の原因第一項の事実は当事者間に争いない。しかし、被告らは、本件事故発生について、被告建次に過失が存することを争い、また、事故発生に被害者である訴外亡忠良の過失が寄与している旨主張するので、さらに本件事故発生時における当事者の過失態様について検討することにする。

〔証拠略〕をあわせると次のような事実が認められる。

本件事故現場は、南を多摩川河原に接し、丸子橋方面より二子橋方面に通ずる多摩堤通りと称せられる、歩車道の区分のない幅員六・七米のアスフアルト舗装道路上にあり、付近は終日駐車が禁止され、速度は毎時四〇粁と規制されている。現場付近の路面は平坦で、視界を妨げる障害物はない。被告建次は加害車を時速約六五粁で丸子橋方面より二子橋方面に向つて進行させ、自車と二〇〇ないし三〇〇米の間隔をおいて先行する車に後続して、事故現場付近に至つたのであるが、現場付近は照明灯もなく、民家も疎らで、その漏光が路上を照らすような状況になく、被告建次としては、前方の安全確認は自車前照灯によるほかなかつたのであるから、前照灯で照射しうる範囲の障害物に対応し、安全な措置をとりうるような適正な速度で進行しなければならなかつたのに、被告建次は折柄付近の交通量が少なかつたことに気を許し、規定の速度を上廻る前認定の速度で進行し、しかも、前方の人車に対する注意が不充分なまゝ漫然と進行し、加うるに、その際対向車は近距離点に走行しておらず、そのような処置は必ずしも必要でなかつたのに、前照灯を下向きに照射して進行し続けるという過失を犯したため、その少し前より、亡忠良が、走行する車への好意同乗あるいはタクシーへの乗車を求め、道路中央線近く南側に佇立していたのに、その発見が著るしく遅れ、右下向きの照射でも三〇米ほど前方を認識するのは容易であるのに、自車の前方約一〇米で始めて、これを発見することとなり、そのため急停車の措置をとるも、前記のような高速で進行していたため、なんら有効な措置たりえず、前示先行車が処置したような、若干進路を変更して、亡忠良の側を通過することも、近距離・高速の故なしえず、亡忠良に自車前部を衝突させるに至つている。

一方被害者である亡忠良は、前記のような意図で路上に佇立していたのであるが、本件道路側端には三〇糎程度の未舗装部分が続き、車の通行が殆んど考えられない箇所が存したのに、折柄若干量のアルコール分を摂取していたこともあつて、また、車の停車させるに熱中の余り、道路中央線近くで佇立し続けたため、加害車が接近し衝突の危険が迫つても、なんら避譲措置をとりえず、衝突に至つている(本件事故が道路上佇立中の亡忠良に、被告建次が加害車前部を衝突させたものであることは当事者間に争いない)。

以上のような事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、加害車を運転していた被告建次は、本件事故につき、自動車運転手として遵守すべき、制限速度遵守ならびに前方注視の注意義務を、折柄交通量が少なかつたことなどのため怠り、漫然前方に対する注意が不充分なまゝ、高速度で進行し続ける過失を犯し、そのため本件事故を惹起しているのであるから、本件事故につき、不法行為者として損害賠償責任を負わなくてはならない。

また加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供し、運行供用者の地位にあることを争わない被告伝一郎は、運転手たる被告建次に前記のとおり過失が認められる以上、免責される余地なく、本件事故につき運行供用者として損害賠償責任を負わなくてはならない。

しかし他方前記認定事実によると、被害者である訴外亡忠良も、本件事故発生について、歩車道の区分のない道路ではあつたが、車との接触の危険が極めて高い、道路中央線近くで佇立し続け、加害車の進行に対し、危険避譲措置をなんら講じていないこと、および右過失が本件事故発生に寄与していることが認められる。

そして本件事故における被害者の右過失を斟酌すると、被告らは原告らに対し相当の損害額のうち八五%に当る金員を賠償すべきものと判断される。

二  (損害)

(一)  (葬儀関係費)

〔証拠略〕によると、原告忠一は、訴外亡忠良の実父に当る者である(この点は当事者間に争いない)が、本件事故時東京工業大学を卒業したばかりで、同大学で研究生として勉学を続ける予定でいた右訴外人の事故死に伴ない、その葬儀を喪主としてとり行ない、葬儀当日の諸費用のほか、通夜、諸忌日の法事費用、これら行事に際しての来客接待費・参列者へ交付の交通費・香典返し、仏壇墓地墓碑購入費として少なくても金六五万七、七八四円の出費を余儀なくされていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないところ、右のうち、香典返しと認められる部分は訴外人の死亡に伴なつて当然負担せざるをえなくなるものではなくまず香典の授受があり、これに対する返礼として始めてなされるものであつて、事故と相当因果関係を有する損害とみることはできないし、その余の諸費用についても、金二五万円をこえる部分については、前認定の訴外人および原告らと亡忠良との身分関係よりして、社会通念上考えられる訴外人の事故死に伴なう葬儀ならびにこれに伴なう墓地代その他の費用としては、相当の範囲をこえるものとみざるをえず従つて右部分は本件事故と相当因果関係をもつ損害とは認め難い。

従つて葬儀費のうち金二五万円をもつて本件事故による損害とするのが相当である。

(二)  (被害者に生じた逸失利益相当損害)

〔証拠略〕によると、訴外亡忠良は昭和二〇年八月八日生の男子であるが前認定のとおり本件事故時東京工業大学理学部化学科を卒業したばかりであつて、引続き研究生として研究を続ける予定でいたことのほか、亡忠良は、右学部卒業に当り、大学院入学試験を受験し、準備不足の故もあつて合格に至らなかつたが、なお再受験の意欲も有していたこと、同人は学部在学中教授の指導のもと、研究に精進し、その成果を発表する機会をもつたこともあるが、必ずしも学者たることを目指していたわけではなく、大学院の課程修了後は、むしろ民間会社へ就職することがより高い蓋然性を有していたこと訴外人のような理化学系専攻の大学院学生の就職は比較的容易で、有利な条件で就職が望め、就職後五年目で月収一〇万程度となることは、さして珍らしいことではないこと亡忠良は高校在学中より陸上競技を得意とし通常人とかわらぬ健康を保持しており本件事故死なくば本件事故後三年目の満二六歳より三四年間を通じ平均月収として金七万円を下らない収入をうる生活を送りえたものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、前掲同証拠によると訴外亡忠良は右稼働期間を通じて、その収入の五〇%を租税および自己の生活費として出費、負担するものと認められるので、結局訴外亡忠良は右稼働期間中一ケ年当り金八四万円の収入をえつつ、これより五〇%に当る金員を租税および自己の生活費として出費することになると認められる。

従つて訴外亡忠良は、本件事故後三年経過して後三四年間に亘り一ケ年当り金四二万円の純収益を挙げうるものと認められ、これが現在価値をライプニツツ方式により算出すると、次のとおり金五八七万四、九六〇円となる。

四二万円×(一六・七一一二-二・七二三二)=五八七万四、九六〇円

ところで訴外亡忠良は、前認定のとおり本件事故時前記のとおり研究生であつて、稼働可能年令に達する迄の三年間、その教育のため、〔証拠略〕によれば一ケ月当り金六、〇〇〇円の出費を必要とするものであることが認められ、そして右金員は稼働能力形成のため必要不可欠な投下資本として現実負担者の如何にかゝわらず、また被告の主張をまたず、逸失利益の算定に当り控除すべきものと考えられるところ、その現在価値は左記のとおり金一九万六〇七〇円となるので、これを控除した金五六七万八、八九〇円が訴外亡忠良の逸失利益である。

六、〇〇〇円×一二月×二・七二三二=一九万六、〇七〇円(円未満五〇銭以上切上げ方式・以下同じ)

ところで〔証拠略〕よると原告らは右訴外人の相続人の全部であり、原告らは、いずれも親として(原告らが亡忠良の親であることは当事者間に争いない)、それぞれ相続分に応じ右訴外人の賠償請求権を相続したことになるところ、その額は原告らにおいて各金二八三万九、四四五円ずつとなる。

(三)  (原告らの慰藉料)

前記認定の事故の発生事情(但し亡忠良の過失態様を除外する)、訴外亡忠良の社会的地位、身分、原告らの相続人としての立場などのほか本件その他の諸事情を勘案すると、原告らの本件事故により蒙つた精神的損害を慰藉するには、すべてで、原告らに対しては各金二〇〇万円ずつ、をもつてあてるのが相当である。

三  (弁護士費用)

そうすると、原告忠一は葬儀費・逸失利益相続分・慰藉料合計金五〇八万九、四四五円、原告ゑきは逸失利益相続分・慰藉料合計金四八三万九、四四五円を、本件事故のため蒙つた相当の損害としうるところ、前認定の被害者亡忠良の過失を斟酌すると、原告忠一はそのうち八五%に当る金四三二万六、〇二八円の、原告ゑきは同様金四一一万三、五二八円の各損害金の連帯しての支払を、被告らに求めうるところ、〔証拠略〕によれば、被告らはその任意の支払をなさなかつたので、原告らはやむなく弁護士である原告ら訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で原告らは各金一五万円ずつを手数料として支払つたほか、成功報酬として各金五〇万円ずつを賠償金取立後支払う旨約定していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし本件事案の内容、審理の経過、認容額そして右支払期日ならびに被害者側より請求手続をとりうる自賠責保険金相当分などに照らすと、原告らが被告らに連帯負担を求めうる弁護士費用相当分は、原告忠一については金二七万円、原告ゑきについては二五万円の限度にとどまるのであつて、これをこえる部分迄被告らに負担を求めることはできない。

四  (結論)

以上のとおりであつて、被告らは、このほか、原告らの本訴各請求を全部又は一部なりとも理由なからしめる抗弁を主張しない。そうすると、原告忠一は金四五九万六、〇二八円、原告ゑきは金四三六万三、五二八円ならびにこれらに対する一件記録上訴状送達の翌日であること明らかな昭和四五年四月四日より支払済み迄年五分の割合による民法所定各遅延損害金の連帯しての支払を被告らに対し求めうるので、原告の本訴各請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷川克)

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